後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。
餅は餅屋だが、いろいろな餅屋がいます(その2):自動車メーカーの開発現場から
2026年05月20日
コラム

30年ほど自動車メーカーでエンジニアをやっています。ここ数年会社外での活動が増えてきたのですが、自動車会社を外から見直すと、新たな気づきが得られたりもします。「自動車メーカーの開発現場から」では自動車に関わる「軽めな」こぼれ話をご紹介できればと思っています。
割れたプラスチックケースの謎を探る
今から25年ほど前のことになりますが、自動車関連の計測機器を製作して配備するプロジェクトに関わったことがあります。その計測器は片手で持てるくらいのサイズでタッチパネル付きのディスプレイで操作する、テスターのような機器でした。
産業用途なので、1メートルくらいの高さから床に落としても割れないようにと、筐体(ケース)はABS製とし、表裏2ピース構造で電子基板や電池などを内蔵するように設計しました。これが都合2万台も生産されることになったのですが、出荷後しばらくすると、ケースをねじ止めしている部分の受け側のナットを圧入してあるところが割れてしまい、ケースが分離してしまうという不具合が出始めました。
ねじの周りなので、最初のうちは使っている時に落として割れたのかな、くらいに思っていたのですが、聞けばケースが割れたという修理件数はすでに200件を超えていて、ケースを追加で製作しないと交換部品が足りなくなるといわれました……。自動車部品なら数万個作って数個壊れたら多いくらいですから、不具合発生率が1%超えとかほぼありえないレベルです。

大至急、原因究明と対策(もちろん原因を作ったところに修理費用を負担してもらうのが狙いです)に取り掛かったのですが、これが全く進みません。普段設計している自動車の部品であれば、部品メーカーさんと一緒に調査解析、すぐに対策となるのですが、そのプロジェクトの相手先は、新規でお願いしたアメリカの小さな会社で、不具合の報告と調査依頼をしたのですが、数週間後に返ってきた回答は「部品に不具合なし、使い方が悪い」とのこと。
「いやいや、パーセントのオーダーで壊れているとか、絶対に何かおかしいでしょ?」
とやり取りを繰り返しても議論は平行線です。部品が悪ければ無償で修理してね、というのがこちらのスタンスなので、こうなったら自力で原因を探し出すしかないぞ、と。
プラスチックの“餅屋”を探して
割れているのはナット側のインサートを埋め込んでいる母材部分がインサートごとボキッと割れている感じだったので、最初は組み立て時に基準以上の力で締め付けたのではと疑いましたが、ケースの組立工場では「ちゃんとトルク管理している!」と反論してきます。
ケースの合わせ面はゼロタッチ(すきまなく密着)で、素材は高強度のABSですから、多少オーバートルクでも応力的に割れるとは思えません。構造も問題なく、組み立ても正しいとなると、これ以上原因究明するために何をどう調べればいいのか、筆者にはもう見当がつきませんでした。
で、こまった挙句、プラスチックの専門家の同期に相談したところ、「破断面みたら何か分かるんじゃない?」と、餅は餅屋らしいアドバイスが。でも破断面とかどうやって見るの? まずどういうモードで割れているのかを見るために電子顕微鏡を使わせてもらおうとなりました。
材料研究部門が持っている走査型電子顕微鏡(SEM)は数万倍という倍率で写真も撮れる優れモノらしく、こちらの事情を説明したところ、「試験片をいくつか用意して調べましょう」とありがたい返事が。回収した割れたケースを切り刻んで試験片にして調べてもらったところ、どうやら通常のABSよりも低い力で破壊しているらしいとのこと。

推定原因としては「ABSのペレットを十分に乾燥させずに加熱成形したことで、ポリマーの結合力が水分によって弱くなり強度不足だったのでは」とのこと。ABSは原料のペレットが保管中に吸湿していることがあるため、射出成形をする前に必ず加温して十分に乾燥させる必要があるのですが、乾燥が不十分なペレットを使ったケースが数カ月で割れてしまったという結論です。
この考察結果をSEM写真といっしょに示したところ、先方も異論なく、製造工程の管理徹底と破損部品の無償交換で合意できました。世の中には、上には上の餅屋がいるんだなと実感すると同時に、自分で餅屋にはなれなくても“すごい餅屋”を見つけられればなんとかなるかな、と、少しだけ経験値が増えたような気がしました。(続く)
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