後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。
EVの高電圧化に伴う課題をどう乗り越えるか ~800V・高密度バスバーモジュールにおける材料と設計の最適解~ :e-Axle向け高電圧樹脂部品の設計(2)
2026年07月15日
コラム

EVの成長鈍化の理由の1つに、充電にかかる時間の長さが一般的な給油時間よりも長いため、ユーザーに敬遠されるということがあります。現在多くのEVのシステム電圧は400Vですが、これを次世代の800V系とすることで、同じ電流でも2倍のエネルギーを送ることができ、充電時間をほぼ半減することが可能になります。ここではこのような高電圧アーキテクチャに対応するために必要な材料要件について、800V系 e-Axle用 インバーター・バスバー・モジュールを例として説明します。(後藤 銀河)
>>前回:e-Axleの小型化に伴うエンジニアリングプラスチックの性能要求:e-Axle向け高電圧樹脂部品の設計(1)
目次
-SPSが可能にするe―Axel部品の信頼性と小型化の両立
-高い耐トラッキング性による高電圧化とモジュールダウンサイジングの両立
-高温高湿下での吸水による絶縁抵抗低下
-金属インサート部品の界面に生じるヒートショック
-高電圧化でも割れにくいバスバーとはーーCAE解析による「設計」アプローチ
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SPSが可能にするe―Axel部品の信頼性と小型化の両立
自動車の電気配線にはワイヤの束を被覆で覆ったハーネスと呼ばれる電線が使われていますが、e-Axleのように高電圧モジュールがコンパクトにレイアウトされているユニット内では、ハーネスよりも導体の断面積を大きくとれる板状の銅やアルミニウムを使用するバスバーが使われます。
こうしたバスバーは、インバーター内部の複雑な電気回路を実現するためプレス加工などで成形した金属板をコアとして、周りを保護・絶縁のための樹脂で固めるというインサート成形による一体化構造をしています。
バスバーをインバーター内部という限られた空間内にレイアウトする必要がありますが、特に高電圧化で問題となるのが、漏れ電流による短絡(トラッキング)です。これは、樹脂の表面に付着した汚れなどが原因で高電圧回路間に放電が起こり、それによって樹脂表面が局部的に炭化し、導電路(トラック)が形成される現象です。このトラッキングを防ぐためには、回路間の距離を保つ必要がありますが、400Vから800Vへの高電圧化に伴って必要な沿面距離がさらに長くなり、トラッキングの防止とダウンサイジングの実現を両立させることが難しいという課題があります。
高い耐トラッキング性による高電圧化とモジュールダウンサイジングの両立
沿面距離の確保が難しい条件下において、トラッキングを防ぐ有効な手段に、絶縁体に耐トラッキング性の高い材料の採用があります。この耐トラッキング性を示す指標はCTI(比較トラッキング指数)と呼ばれ、汚染がある状態でトラッキングを起こすことなく印加できる最大電圧で表されます。
以下の図に示すようにSPSはPPS(ポリフェニレンサルファイド)よりもCTIがおよそ2倍高く、800V設計においてSPSはPPSよりも沿面距離を3.8mm短くすることができ、モジュールの小型化に大きく貢献することが可能です。

800V設計の場合、
SPSはPPSより沿面距離を3.8mm短くすることができる。
(IEC設計指針にて、汚染度2で、Group Ⅲb PPSと比較)
高温高湿下での吸水による絶縁抵抗低下
自動車のパワートレイン部品は、大きな温度変化や天候の影響を直接うけるエンジンルーム(モータールーム)に搭載されるため、極低温から高温多湿に至る急激な温湿度変化にも耐える必要があります。
ところが一般的に樹脂は水分を吸収する性質があり、また高温下では分子運動が活性化して絶縁性能が低下するため、高温高湿下では絶縁抵抗が大幅に低下してしまうという課題があります。特に800Vの高電圧化に伴って、より高い耐トラッキング性が求められるため、絶縁抵抗の低下は重要な問題になります。
SPSは、高温高湿(85℃/85%RH)環境下でも吸水率が低く、湿熱処理後の絶縁抵抗低下が小さいという特徴があります。
図に示すように、PPSでは湿熱処理前後で絶縁抵抗が3桁程度低下するのに対し、SPSは1-2桁とPPSよりも劣化が少ないことが示されています。こうした特徴から、過酷な環境条件に晒されるパワートレイン部品において、長期にわたって絶縁信頼性の確保が可能になります。

SPSはPPSに比べ、湿熱処理後の絶縁抵抗の低下が小さく、実使用環境下での信頼性向上に寄与できる。
金属インサート部品の界面に生じるヒートショック
高電圧バッテリーから供給される直流(DC)をモーター駆動用の交流(AC)に変換するインバーターには、パワー半導体と呼ばれるデバイスが使われますが、動作温度が120℃程度に制限される従来のシリコン素子にかわり、より高い温度で動作が可能なシリコンカーバイド(SiC)を用いた次世代パワー半導体が登場しています。動作温度の高いSiCパワー半導体の採用により、インバーター内部の発熱密度が上昇したことで、バスバーが受ける冷熱サイクルはさらに厳しいものになっています。
物質は温度が上昇すると熱による分子の振動が大きくなり、膨張します。温度が1度上昇したときに物体がどれくらい長くなるのかを示す係数を線膨張係数と呼び、物質ごとに決まっています。
一般的に樹脂の線膨張係数は金属の3〜10倍です。バスバーに使われるアルミニウムの線膨張係数は約23×10⁻⁶/℃、銅では約17×10⁻⁶/℃であるのに対して、PE(ポリエチレン)/PP(ポリプロピレン)では130〜150×10⁻⁶/℃、非強化PPSでは30〜60×10⁻⁶/℃です。これは具体的には、長さ100mmの部材が100℃温度上昇したとすると、その熱膨張によりバスバーのコアである銅が0.17mm伸びるのに対して被覆しているPE/PPが1.3-1.5mmも伸び、PPSでも0.3-0.6mm伸びることを示しています。
つまりこうした材料を組み合わせた場合、厳しい冷熱サイクルの繰り返しにより、線膨張係数差によって生じる応力が材料の境界面に蓄積し、クラックが生じてしまう可能性があります。
これに対して、SPSの線膨張係数は14〜17×10⁻⁶/℃と、ほぼ銅と同じであるため、インサート成形されたバスバーの界面における応力発生が少なくなります。また素材として靱性が高いため、厳しい冷熱サイクルによってバスバーに生じるヒートショックに対して、従来材よりも高い耐久性を備えています。


高電圧化でも割れにくいバスバーとはーーCAE解析による「設計」アプローチ
高い耐トラッキング性を備えたSPSですが、出光興産ではこれまで培った材料成形におけるノウハウや最適な形状を導き出す設計プロセスなどに基づき、SPSの長所を十分に活かすための提案や設計支援が可能です。
ここでは「複雑な形状のバスバーモジュール」を一例として取り上げ、流動解析(繊維配向)と構造解析(熱応力)を連成させ、ゲート位置やバスバーのエッジ形状(R形状)を最適化することで、「割れにくい形状」を導き出すプロセスを紹介します。

CAEによる技術支援
バスバーモジュールをインサート成形によって製造する場合、ゲートから注入された溶融樹脂が金属インサートを回り込むように流れるため、充填された樹脂が合流する場所にはウエルドラインと呼ばれる境界が生じます。一般的にウエルド部は機械的強度が低くなることがあるため、ヒートショックによる熱応力が高くなる部位でウエルドが発生しないよう、ゲートの位置や形状を最適化する必要があります。
また、熱応力に耐えるように製品形状を一部修正することで、樹脂内部の強化ガラス繊維配向を制御したり、熱応力そのものを低減するための面取り加工、例えばシャープエッジをなくすためのC面(面取り)やR面(丸め)を付与します。
さらに生産を万全なものとするためにCAE上で成形条件を種々変更し、それを基に機械学習で最適な成形条件を導出します。
機械学習を行う上では、ベイズ最適化という手法を用いて短納期で最適解を導きます。



このように出光興産では、樹脂流動・繊維配向・熱応力解析を連成し、上記の条件最適化も交えてベストプラクティスを提案しています。CAE・AIなどはあくまでツールです。あらゆる手段でお客様の設計制約を加味しながら課題に伴走することがミッションとなっています。
※出光興産の技術資料について
・記事内に掲載したデータ及び記述はザレック™を用いた製品の設計の参考です。本資料に記載の内容は信頼出来るテストと情報に基づいていますが、データおよび記述を絶対的なものと見なさないで下さい。個々の製品に適用する場合は、その設計の妥当性を必ず別途確認して下さい。本資料は記載内容の適用結果を保証するものではありません。
・本資料に記載の内容は信頼出来るテストと情報に基づいていますが、ご使用の用途における結果を保証するものではありません。
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