オープンなアーキテクチャはお好きですか?:自動車メーカーの開発現場から

2026年01月28日

コラム

30年ほど自動車メーカーでエンジニアをやっています。ここ数年会社外での活動が増えてきたのですが、自動車会社を外から見直すと、新たな気づきが得られたりもします。「自動車メーカーの開発現場から」では自動車に関わる「軽めな」こぼれ話をご紹介できればと思っています。

先日旅行先でレンタカーを借りたときのことですが、営業所の方の「使い方を説明しますね」という丁寧な申し出を笑顔で断り、さっさと出発しようとしたものの、エンジンのかけ方が分からない。キーレスエントリーでドアは開いて中には乗れたのですが、始動ボタンの位置が「ここにあるはず」と思っている場所にないんです。椅子の位置を調節するフリをしながら必死に探しましたが、あの位置ってメーカーによってバラバラだったんだと知りました。

決まっていないところに自由な競争がある

自動車と一言でいってもボディ形状はセダンやSUVやクーペなどいろんなタイプがありますし、デザインも人目をひく個性的なのが人気ですよね。でも初めて乗った車でも普通に運転できるのは、アクセルやブレーキ、ステアリングなどの操作系が、ほぼ同じ機能でほぼ同じ場所にあるからだと思います。これは意図的にそうなっているのですが、実は明確な決まりはなかったりします。アクセルやブレーキ、クラッチペダル(ABCペダルと言いますが)については、その位置の測定方法はJISなどで規定されていますが、サイズも位置や順番も、ルールでこうなっているわけではなくて、一般的な使いやすさでああなっているだけなんですね。だからライトのスイッチや始動ボタンの位置はメーカーごとにまちまちだったりするわけです。

こうした領域は長い時間が経つ中で熟(こな)れていって、各社似たようなところに落ち着いていくわけですが、環境問題や規制物質への対応など、自主的な活動に任せておけないような社会課題については、法律や省令などで各社の足並みを短期に揃えようという動きがおきます。でも法規対応には最優先でリソースが用意されますし、達成すべきゴールも明確なので、大変だーとか言いながらも計画通りに対応することができます。

ところが、近年私のいる電子開発界隈では、規制でもないのに守らなければならないことが増えてきたように感じています。自動車は数万点の部品を集めて組み立てればそれで完成で、極端にいえば、これまでは自分たちで設計して作りたいように作ってきたんです。

一方、最近の車は外部のネットワークに接続したり、スマホにつないで音楽を再生したり、ドアロックを開けたりとか、10年前には誰もやっていなかったことに対応する必要がでてきました。あくまで個人意見ですが、自動車メーカーのエンジニアは人に合わせるのが不得手です。人に合わせるのが苦手なエンジニアに、中身もよく分からない外部機器に接続するような器用なことができるのでしょうか?

動確済みリストで武装するエンジニア

特に大変だと思うのは、テレマティクス関係です。テレマの黎明期は、最上級モデル限定で専用の通信機器を搭載して全部丸抱えで開発していたものですが、誰もがスマホを手にする時代となった今、アップルやグーグルのサービスへの接続はマスト要件といってもいいでしょう。

しかしながら、このスマホというのが実は曲者で、「標準的な」規格はあるものの細部まで決まっているわけではないのです。分かりやすく言うと、規格の解釈の違いだったり、相性みたいなものがあって、自動車側とスマホ側の実装が微妙に違っているともうつながらない。どうやっても動かない。こちらは規格通りに作っているんだよと思っていても、多分、相手もそう思っているでしょうから、「こちらに合わせろ!」とも言えません。

なんのツテもないメーカーに詳細仕様を聞くわけにもいかず、それなりに売れているモデルであれば現物を入手して、動作ログみながらチューニングして、なんとか「動作確認済み」に加えることの繰り返しです。でもスマホなんて半年もしたら新型が出るんですよ。新車発売してしばらくすると、見たことも聞いたこともないスマホとつながらないぞという報告が、地球の裏側から届きます。「いや、こんなん知らんし」と言ってはみるものの、「前に乗っていた某メーカーの車はつながった」とか書いてあると、もう負け戦です。

今では自動車もソフトウェアの塊で、使われているソースコードは数百万行とも言われています。自動車はクローズドなプラットフォームであったから、長年蓄積した設計基準や品質管理で高い品質レベルを達成してきたと思っているのですが、オープンなプラットフォームでこれまでと同じレベルの品質保証をしろ、とか言われるとため息しか出ません(笑)ゲームのアプリだったら固まってもリセットできますが、車のアプリはそうはいきません。自動運転ともなると、人命にも関わりますから、性能保証の線引きはこれまで以上に難しくなっていくと思います。

そんなこんなで昔の自動車はシンプルで簡単だったなあと思う今日この頃ですが、もしかしたら100年前に自動車を設計していた人たちは、「アクセルやブレーキをどこに付ければ馬車より安全になるのか」とか、今の私たちよりも悩んでいたのかもしれませんね。

プロフィール

後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。