後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。
新車のにおい、好きですか?:自動車メーカーの開発現場から
2026年07月08日
コラム

30年ほど自動車メーカーでエンジニアをやっています。ここ数年会社外での活動が増えてきたのですが、自動車会社を外から見直すと、新たな気づきが得られたりもします。このコラムでは自動車に関わる「軽めな」こぼれ話をご紹介できればと思っています。
鉄は溶接、樹脂は接着
においの好みは人それぞれですが、筆者は自動車会社に就職したこともあり、周囲には「新車のにおい」が好き、という人が多かったように思います。安月給でローンを組んでピカピカの新車を買ってテンションMAXだったということもあるのでしょうが、ドアを開けてまだビニールを被っているシートに座ったときにする独特の新車のにおいも、気分が上がる原因になっていたのかもしれませんね。
乗り始めて数カ月で消えてしまうあのにおい、タバコ吸ったら即消えてしまうあのにおい、実は内装部品に使われている接着剤などの化学物質からでていると言われています。自動車には樹脂部品にあわせて、いろいろな種類の接着剤が使われています。例えばドアトリムなど内装部品は表皮や布を接着したりしますし、座席シートはウレタンフォームに布や革を貼り合わせたものが多いです。

こうした接着剤や原料に含まれている物質の中に、一般に揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)と呼ばれるものがあります。トルエンやキシレンのような有機溶剤や、シックハウス症候群の原因物質としても知られるホルムアルデヒドもそのひとつです。VOCは人体に悪影響が出ることが分かってきたので、近年ではシックカー症候群の対策としてVOCを含まない接着剤を採用したり、接着剤の濃度や量を減らしたりと、今では「新車のにおい」はほとんどなくなっているようです。
謎の白い粉を調査せよ
今から数十年前の話ですが、当時アメリカで販売していた一部の車種の窓が白く曇る、という指摘がありました。これは販売前の車に限って発生しているようで、お客様へ新車として納車する際、窓の掃除が大変だということで販売店から苦情が伝えられたということでした。窓の曇りって、拭けば良くね?とか思いますよね。
それなのに、設計担当でもないのに、たまたまアメリカにいたというだけで、ちょっと見てきてくれと言われて調査に行かされました。場所はアリゾナ州フェニックスにあったメガディーラー(大規模販売会社)で、真夏で日中40℃を超えるような炎天下、広大な敷地に数百台の自動車が置いてあるようなところでした。
日本でも夏の暑い日に車に乗り込むと、ハンドルやシートが熱くて火傷しそうになることがありますが、当日のフェニックスは日本とは比較にならないくらい暑くて、しかも閉め切られて何日も放置されている車ですから、ボンネットで目玉焼きができるくらい熱くなっています。

車の間を縫うように歩きながら1台1台見て行きましたが、確かに特定の車種の窓にだけ、外から見てもそれと分かるくらい、内側から白いスプレーを吹いたようにガラスが真っ白になっています。これかーと思い、その車の鍵を取ってきてドアを開けて中に乗り込んだのですが、車内が熱い上に目に染みるような臭いがしていて、とても新車のにおいは良いねえというレベルではありません。
しかたないので保管車両の鍵の束をもらってきて、手当たり次第に車のドアを開け放し、しばらく温度を下げてから調べ始めました。どうやらガラスの表面に乾燥した粉が張り付いているようで、布で拭いても全く拭き取れません。汗だくになりながら擦ってみたのですが、曇ったなら拭けばいいじゃんなどとはとても言えません(笑)
どうしたものか、しばらく悩んだ挙句、近くのホームセンターで顕微鏡観察に使うようなスライドガラスを買ってきて、それで窓ガラスの内側をこすったところ、ゴリゴリと削れて、白い粉がバラバラと落ちてきました。そのサンプルをスライドガラスの上にとって、もう1枚とサンドイッチにしたものをセロテープで貼り合わせ、調査のために日本の依頼部署に送りました。
過ぎたるは及ばざるが如し?
後日、調査報告書を回してもらったのですが、成分分析の結果、あの白い粉は一部の車両部品に使われていた接着剤が、高温によって揮発して窓の内側に付着したものだったそうです。
通常なら数カ月かけて揮発性分が蒸発して無くなっていくものが、設計値より多く塗布されていた上、製造直後もまだ十分に乾燥していない状態で炎天下に保管されたため、密閉された車内で大量に揮発。夜間に急激に温度が下がって窓の表面で凝固するということの繰り返しで、拭いたくらいでは落ちない謎の白い粉になっていた、ということでした。
原因が分かれば対策はできますから、それ以降同様な事例を見ることはありませんでした。当時はまだシックカーという言葉もなく、私もまだ若かったので新車のにおいも大好きでしたが、化学物質はきちんとコントロールしないと良くないなあと思ったことがあります。
(続く)
森川EYE――VOC対策の思い出。

このVOC対策は、当方もポリプロピレン(PP)コンパウンド品の自動車内装材開発で、かなりやった経験があります(残念ながら、SPSは対象外)。資料にも記載されている内装シートに使われる接着剤の種類を変更してVOC対策を確かにやっていましたが、内装材に実際に使われるPPにも対策を嵩じたことがあります。
一般的に内装材にはストレートPP(ノンフィラー系PP)かフィラー含有PPコンパウンド品が使われていますが、インストルメンタルパネル(インパネ)やセンターコンソールには、タルク入りのPPコンパウンド品が使用されるのですが、これにシリカのような吸着作用のあるフィラーなどをいれて、新車特有のにおいがどうなるのか? 検証したことがあります。
当時の結果としては、吸着剤含有内装開発材がスペックを満たしずらかったので材料チューニングは見送りになりましたが、そんなことをやったことがありました(懐かしい)。
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