後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。
第3回: 高出力油冷モーターで求められる耐久性と軽量化の両立:e-Axle向け高電圧樹脂部品の設計(3)
2026年09月30日
コラム

>>前回
一般的に電動モーターはコイルに通電させることでローターを回転させ、動力として出力するものです。コイルに大電流を流すことで磁界が発生し、またロータが回転することでその磁界に変化が生じます。これが連続的に発生することでモーターの温度は上昇しますが、磁石には温度が高くなると磁力が弱くなる特性(熱減磁)があるため、ステーターやローターが高温になると出力特性が低下したり、耐久性が低下するなどの問題があります。
ここでは高出力モーターを効率的に冷却する油冷方式に対応するために必要な材料要件について、「コイルエンド冷却用オイルディストリビューター(オイルガイドリング)」(図1)を取り上げて説明します。(後藤 銀河)

図1 コイルエンド冷却用オイルディストリビューター(オイルガイドリング)
※コイルエンド冷却用オイルディストリビューターは、解説用の架空事例です。
目次
-次世代800V系システムに必要な冷却システムとは
-高温ATF環境がもたらす設計課題に応えるSPS
-油冷システムで求められる優れた耐油性
-高温環境下での安定した耐久性
-材料の低密度化による部品の軽量化
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次世代800V系システムに必要な冷却システムとは
EVやHEVの高出力化が進むなか、コンパクトなe-Axleに組み込まれるモーターの発熱密度はますます高まっています。モーターの冷却方法として、初期のEV/HEVでは放熱板を使った空冷方式や、モーター外周に水冷ジャケットを配置して冷却する水冷式が主流でしたが、出力密度の上昇に伴い、放熱板やジャケットだけではモーター内部で発生する熱を十分に除去することが難しくなります。 こうした背景から近年注目されているのが、絶縁性を有するオイルをモーター内部へ直接供給し、ステーターやローターなどの発熱源を直接冷却する「油冷方式」です。その主要部品のひとつであるコイルエンド冷却用オイルディストリビューター(オイルガイドリング)は、モーターのコイルエンド(巻き線端部)に沿って配置される、リング状または多分岐パイプ状の樹脂部品で、オイルポンプが送出する冷却油を発熱源であるコイルの隙間に均一にシャワー状に噴射する役割を担っています。
e-Axleではモーターと減速機(リデューサー)、差動装置(デファレンシャルギア)などが一体となっているため、冷却オイルとしてギアや変速機構の潤滑油も兼ねた専用オイルやATF(Automatic Transmission Fluid)が使われます。こうした油冷方式を採用することで高い冷却性能を実現できる一方、樹脂を痛める高温のATFに長期間さらされるため、厳しい耐久性や信頼性が求められます。また、油冷モーター内部には回転角を検出するセンサー(レゾルバ)なども搭載されていますが、こうした部品においても耐油性や寸法安定性が重要な要求特性となります。
高温ATF環境がもたらす設計課題に応えるSPS
油冷モーター内部では、部品が130℃を超える高温のATFに継続的に接触します。さらにATFには各種添加剤が含まれており、化学的な影響も無視できません。 オイルディストリビューターの材料として金属配管を採用した場合、耐久性は高まる一方で、重量増加や複雑流路形成時の加工コスト上昇という課題があります。材料として樹脂を採用する場合、従来のPA系樹脂では、高温環境下での加水分解や吸水による物性低下、寸法変化が課題となります。耐油性確保のためにPPSを採用する場合、オイルディストリビューターのようなリング形状の大型部品では材料密度の差が完成品重量へ大きく影響します。さらに、800V系システムに使用される高電圧モーターでは、コイル近傍に配置される樹脂部品にも優れた電気絶縁性が求められます。こうした沿面距離確保や絶縁信頼性への影響は、部品サイズやレイアウト自由度にも直結します。
―油冷システムで求められる優れた耐油性
油冷モーター向け部品にとって特に重要なのが、冷却油への長期耐久性です。モーター冷却油への浸漬試験では、SPSは引張破壊応力および破断伸びの保持率に優れた結果を示しています。150℃環境で1000時間浸漬した後も高い物性維持が確認されています(図2)

図2 耐モーター冷却油性(出所:出光興産)
―高温環境下で求められる耐久性
油冷システム部品は、高温環境下で長期間性能を維持する必要があります。
SPSは融点270℃の高い耐熱性を有しており、高温化が進む電動パワートレイン部品に適しています
(図3)。

図3 耐熱性について(出所:出光興産)
さらにSPSは加水分解を起こさないため、湿熱環境下でも物性保持率に優れています(図4)。85℃85%RH環境で最大3000時間の試験後も高い引張強度保持率を示しています(図5)。 こうした優れた特性を長期間維持できるよう、SPSは、140℃ x 1000 hrでの物性保持(9割)で、設計しています。

図4 耐加水分解性について(出所:出光興産)

図5 長期耐熱性(出所:出光興産)
材料の低密度化による部品の軽量化
SPSはエンジニアリングプラスチックの中でも低密度な材料であり、軽量化に優れています(図6)。資料中の比較では、SPS系材料の密度は1.25g/cm³であり、PA6T系材料の1.44g/cm³より軽量です。また、同一形状で比較した場合の部品重量は61gに対し70gとなっており、軽量化効果が確認されています。この軽量化は単なる重量削減だけでなく、モーター周辺部品の振動特性改善やシステム全体の効率向上にも貢献します。

図6 軽さについて(密度の比較)(出所:出光興産)
また、油冷ではなく水冷式を採用した場合に問題となる対LLC耐久性についても、SPSは高い性能を発揮します(図7)。具体的にはLLC浸漬試験において、SPS+GF30はPA6T+GF35と同等以上の引張破壊応力の保持率を示し、スチーム環境試験においてもPPS+GF40と同程度の高い物性保持率を示しています(図8)。このようにSPSは、高温環境下でも優れた機械強度や寸法安定性を維持しており、車両の熱マネジメントシステム全体で活用可能な材料であることが示されています。

図7 耐LLC性について(出所:出光興産)

図8 耐スチーム性(出所:出光興産)
油冷モーターは、システム電圧800Vへと移行する次世代e-Axleにおける重要な技術トレンドのひとつであり、油冷方式はモーター冷却性能向上と高出力化を支える中核技術になりつつあります。SPSは油冷方式に求められる様々な性能要求に対応できる材料であり、次世代油冷モーター向け冷却システム部品の有力な選択肢になるでしょう。(次回へ続く)
※出光興産の技術資料について
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