大雨洪水と自動車:自動車メーカーの開発現場から 

2026年10月14日

コラム


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⁠30年ほど自動車メーカーでエンジニアをやっています。ここ数年会社外での活動が増えてきたのですが、自動車会社を外から見直すと、新たな気づきが得られたりもします。このコラムでは自動車に関わる「軽めな」こぼれ話をご紹介できればと思っています。 
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後悔先に立たず 

このところ、大雨による水害が急増していますね。テレビでも道路が冠水して自動車が動けなくなったという報道もありました。大雨の中で家族を駅まで迎えに行くようなケースも多いと思いますが、自動車は雨や水に対してどの程度耐えられるものなのでしょうか?

自動車の開発では、大量生産に先立って試作を何度か行い、試作車を使った走行実験なども行われます。最近ではDX化も進み、デジタルデータを使って確認するプロセスを増やすことで試作車による実験を減らしていく傾向にありますが、私が入社した当時はまだ、試作車をたくさん作って商品性や耐久性の確認をするのが一般的でした。

当時の走行実験は閉鎖されたテストコースを昼夜交替勤務で走り続けるというなかなかハードなものでしたが、コースの一部には、自動車がそのまま入って出られるスロープ付きのプールがあり、実験する車種によって水深は30センチから50センチくらいに調整されていて、実験走行の途中にそのプールをバシャバシャと通過するというものもありました。

限られた開発期間中に実験を完了するため、ちょうど今頃の台風シーズンでしたが24時間通して走行実験をしていました。そうした中、私が夜勤で走ることになったある日のことです。当時のテストコースにはほとんど照明もなく、深夜でしかも台風の影響で土砂降りだったので、ヘッドライトだけではほとんど何も見えません。

悪いことにその日は排水設備に枯葉か何かが詰まってしまったようで、テストコースで溢れた水が実験用のプールに流れ込み、通常30センチの水深は60センチ以上になっていたようです。

深夜かつ視界不良だったため、よもやそんな状況だとは思いもせず、実験車(普通のミニバンでした)で満水のプールに突っ込んでいました。しまった! と思った時にはもう遅く、水からの浮力でボディは浮き上がってタイヤが地面から離れてしまい、ハンドルも効かず、アクセルを踏んでも手応えがありません。もちろんブレーキも効かないので、まるでゴムボートに乗ったような感じで、水に入った勢いだけでフラフラと漂っている感じでした。

その時は運良く出口側のスロープに辿り着けたので、無事に脱出できましたが、突っ込んだ時は本当に肝が冷えました。

雨には強いが水の中では? 

一般的な日本家屋だと、屋根に降った雨は雨どいを伝って地面や雨水マスに流れ込むようになっていますが、自動車も同じです。ボディは車室内に雨水が入らないよう、ドアやガラス回りにはウエザーストリップというゴム部品がついていて、ドアや窓が閉まっていればたとえ台風でも上から下に流れる雨水は入ってきません。

ところが、自動車のボディには穴や隙間がないわけではありません。例えば自動車のエアコンは、家庭用エアコンと同じように冷やされて凝縮した水が出ますから、ボディのフロアにはこれを車外に排出するための穴が開いています(車の下にポタポタおちる水滴がそれです)。それに変速機やブレーキなどの操作部位にも車外に通じる開口部があります。またドアの閉まりを良くするために、車種によっては開閉時に空気圧を逃すための穴が空いていたりします。

こうした穴は外から見えないボディ下部やバンパー裏などに設けられているため、雨水は入ってきませんが、ボディが水に浸かるような状況になると、こうした開口部から水が侵入してきます。なので、安全に走行できる水深は、ボディ下部が水に浸からないことが1つの目安になります。

走行実験では30センチ程度の水深のプールを通過していましたが、浸かるのは数秒間だけで、ずっと30センチの水深を走るわけではありません。

どうして壊れる? 

冠水した道路では、水の深さが分かりにくい。

燃料を燃やしてエネルギーに変えるエンジンは、吸入した空気を圧縮して燃料と混ぜて着火し、爆発させてエネルギーとして取り出します。一般的な自動車では、エンジンへの空気の取入れ口がフロントグリルの内側にあって、車種にもよりますが、地上から40、50センチくらいの位置に吸気口があります。

水位がここを超えると、エンジンが水を吸い込んでしまうのですが、水は空気と違って圧縮できないため、エンジン内部の機械部品が圧力に負けて壊れてしまいます(ウォーターハンマーと呼びますが、エンジンの側面から中の部品が飛び出してくるような壊れ方をしますのでエンジン交換になります)。

では、この吸気口の高さ以下の水位なら大丈夫かというとそうではありません。大きな水たまりや浸水したアンダーパスなどにスピードを出して突っ込むと、水飛沫(しぶき)や波が起こります。通常の雨水程度であれば、途中で水が下に落ちるような構造になっているのですが、スピードを出したり波をかぶったりして多めに水を吸い込んでしまうと、やはりウォーターハンマーを起こす危険性があります。

駐車車両などエンジンが止まっていればウォーターハンマーを起こすことはありませんが、一度車内まで浸水してしまうと、ドアの内側に水が溜まったり、電気配線の中に水が入り込んだりして、時間が経つと浸水した部位から腐食が進んでいきます。内装材、特に床のカーペットやシート生地は泥水に浸かると臭いが出て、そうなるとクリーニングも難しくなります。

一般的な自動車であればボディの地上高は15センチくらい、オフロード向きの車種でも25センチ程度なので、それより深く冠水している道路は避けられるなら避けたほうがよいと思います。(次回へ続く)

プロフィール

後藤 銀河(ごとう・ぎんが)
自動車メーカーで電子設計関連のエンジニアとして数十年勤務。その後、海外勤務の経験を生かしつつ、主にフリーランスのテクニカルライターとして活動中。