一之瀬 隼(いちのせ・しゅん) 自動車部品メーカーの現役エンジニアとして、CASE関連の製品開発を担当。2020年春より、製造業関連のライターとして活動。
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SDVが消費者と自動車業界に与える大きなインパクト :自動車業界よもやま話
2025年07月22日
コラム
コラム「自動車業界よもやま話」では、自動車業界で働く人の視点から、自動車関連のさまざまな話題を取り上げていきます。
前回まで、OTA(Over The Air)や関連するセキュリティについて紹介してきました。今回からは、自動車業界に大きなインパクトを与えるSDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェアで定義される車両)に関する情報を紹介していきます。
初回となる今回は、SDVの概要やSDVが与えるインパクトについてお話しします。
自動車開発の主体が変わるSDVとは?
1700年代後半に自動車が生まれてから最近まで、自動車の開発における主体はハードウェアでした。一度開発・販売された車両の機能は完成された状態であり、購入後に大きく変わることはありません。しかし近年は自動車の電動化が進むとともに、ソフトウェアをアップデートすることで、購入後に自動車の機能を変更できるようになっています。
例えば、過去の記事で紹介したようにOTAによってソフトウェアを書き換え、不具合の修正が行われます( 「OTAは何ができるのか?:自動車業界よもやま話」 )。また、有料で新たなアプリケーションをインストールすることで、自動車の乗り心地や操作性が向上するような機能も追加できます。
このように、ソフトウェアの更新によって性能が向上していく車両をSDVと呼び、自動車業界では大きな注目を集めています。SDVは、これまで販売後には大きく変わらなかった自動車の機能や性能が、販売後も進化し続けることを意味しています。
自動車業界でSDVが注目を集める理由
SDVが自動車業界で大きな注目を集める背景には、SDVが消費者及び自動車業界全体に対して大きなインパクトを与えることが挙げられます。SDVはどのようなインパクトを与えるのでしょうか?
SDVが消費者へ与えるインパクト
SDVに対応した自動車は、購入後もアップデートが可能です。上記で述べたように不具合の解消や機能を向上するためのアプリケーションを追加できることに加えて、消費者の好みに合わせたカスタマイズ性の向上も期待できます。例えば、ステアリングやブレーキの操作性をドライバーの好みに合わせて変更する。また、システムが運転支援をする際の介入具合も、ドライバーのスキルや好みに合わせて変更できるようになるでしょう。
機能面以外では、スマートウォッチのようにメーターディスプレイの表示を好みのデザインに変更できます。ユーザーが好きなキャラクターやスポーツ選手などとのコラボレーションデザインを利用できると、従来よりも自分の自動車に愛着がわきそうですね。
SDVの実現によって自動車ユーザーは、常に最新かつ最適な状態の自動車を利用でき、従来よりも高性能で自分好みにカスタマイズされた車両を利用できます。有名人やスポーツ選手のカスタマイズに合わせることもできるかもしれません。とてもワクワクしませんか?
SDVが自動車業界全体へ与えるインパクト
消費者にとってメリットの大きいSDVは、自動車業界全体に対しても大きなインパクトを与えます。冒頭で述べたように、これまではハードウェアが中心だった自動車開発が、ソフトウェア中心になります。その結果、エンジニアに求められるスキルが大きく変わっており、ソフトウェア人材の確保が必要不可欠です。そのソフトウェア人材についても、従来は組み込み開発のスキルが中心でしたが、近年はクラウドやAI、セキュリティ、UI/UXに強い人材の重要度が増しており、IT業界との人材獲得競争が激化しています。
SDVは自動車業界におけるバリューチェーンやビジネスモデルにも変化をもたらしています。従来のように、自動車OEMを頂点として、その下にTier1サプライヤー、さらにその下にTier2というピラミッド構造ではなくなってくるでしょう。ソフトウェア開発に強みを持つIT企業やエレクトロニクスメーカーなど、自動車分野の外からのSDV市場への参入も顕著です。
これまで自動車ビジネスは、車両の販売とその後のメンテナンスによる収益が中心でした。SDVの登場により、ソフトウェアアップデートや車内エンターテインメントへの課金といった新たなビジネスモデルが生まれています。自動車業界は、魅力的なソフトウェアを継続的に提供することで、従来にはなかった形での収益創出が可能となるでしょう。
SDV開発は従来と比べてどう変わる?
今回は、自動車業界で注目を集めるSDVの概要、SDVが消費者や自動車業界へ与えるインパクトについて紹介しました。次回の記事では、SDVによって車両開発プロセスがどのように変化するか考えていきます。また、今回も少し触れましたが、SDVによって生まれる新たなビジネスモデルについても深堀りします。
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