一之瀬 隼(いちのせ・しゅん) 自動車部品メーカーの現役エンジニアとして、CASE関連の製品開発を担当。2020年春より、製造業関連のライターとして活動。
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クルマが重くなると、どうなる:自動車業界よもやま話
2025年01月29日
コラム
コラム「自動車業界よもやま話」では、自動車業界で働く人の視点から、自動車関連のさまざまな話題を取り上げていきます。
前回は、電動化によって自動車の重量が増加するという点について、市場に流通しているEVとICEの重量を比較してみました。今回は、電動化による自動車の重量増加が引き起こすさまざまな影響についてお話しします。
自動車の重量が増加することで生じる影響
自動車の重量が増加することで、以下のように、タイヤの摩耗や、減速性能、運動性能・加速性能などに影響が生じます。
■タイヤの摩耗
JATMA※1によると、タイヤの摩耗量には以下のような要因が大きな影響を与えます。
- アクセル、ブレーキ、ハンドルなどの操作、走行速度
- 道路が平坦か坂道か、直線かカーブか、舗装有無、舗装の材料や粗さ
- 車両の重量、荷重配分、サスペンション形式
- タイヤの特性
- 気温、路面温度などの天候
この中で電動化によって影響を受けるのが、車両の重量や荷重配分、アクセル操作時の車両挙動です。電動化によって車両重量が増加し、モーターの採用で加速特性がよくなることから、タイヤ摩耗量が増加します。
タイヤの摩耗に関する規制導入が検討されています。2022年に欧州委員会は、2025年7月1日から規制対象となるユーロ7(Euro7)の案として、タイヤからのマイクロプラスチックの排出量に関する規制を加えることを発表しました。具体的な試験方法や閾値に関しては2024年末までに提案するとしていましたが、現時点では決定したという情報は確認できていません。
タイヤ摩耗量測定の国際基準に関しては、2024年6月末に行われた自動車基準調和世界フォーラムにおいて、実車走行を模擬した設備を用いる室内試験法と、道路走行による実車試験法の2種類が導入されると決定しました。ユーロ7についても、同様の試験方法が導入される可能性が高いのではないかと考えています。
■減速性能(制動部品)への影響
車両の重量が増えることで、制動部品が担う減速性能への影響が生じます。
運動方程式 ma=F は、a=F/m と変換でき、同じ減速 aを実現する際に、質量mが大きければ大きいほど、必要な制動力Fは大きくなることが分かります。車両の重量が増えても、ドライバーが同じ感覚でブレーキペダルを操作した際に同じ減速度を実現するためには、制動部品の変更で影響を吸収する必要があります。
例えば、よく効くブレーキパッドや大型のブレーキキャリパーの採用などが必要です。一方で、よく効くブレーキパッドはブレーキ鳴きが発生しやすく、今後ユーロ7で規制対象となる摩耗粉が発生しやすくなることが知られています。また、大型のブレーキキャリパーは車両の重量増加につながります。
■運動性能・加速性能への影響
車両の重量増加は、減速性能と同様に加速性能に対しても影響を与えます。また、車両上の前後重量配分が変わることで、横方向や上下方向の運動性能にも影響があります。本来であれば重量増加は運動性能や加速性能の悪化に繋がる可能性があります。しかしモーターの加速特性を生かしたり、電池を床下に配置し重心位置を調整したりすることで、性能が劣化していると感じてしまうユーザーは少ないでしょう。
例えば、国土交通省は報道発表資料(2023年3月31日)の中で電動車の特性に関して、「同クラスのエンジン自動車よりも加速性能が良く」と表現し、アクセルを踏み始めた際の特性の違いについて注意喚起をしています。ユーザーそれぞれの好みもありますが、加速性能や運動性能については、電動化によって性能が向上すると考えることも可能です。
出所:国土交通省
他にも、重量増加によって路面へのダメージが増加すると考える人もいるかもしれません。定性的には重量増加によって路面へのダメージは増加しますが、乗用車サイズのEVが路面に与えるダメージは積載状態のトラックなどと比べて著しく小さいため、定量的な影響は大きくありません。
今回紹介したように、電動化による重量増加はさまざまな影響を引き起こします。これらの課題を解消するために、多くの企業が部品の軽量化・小型化に取り組んでいます。
次回の「自動車業界よもやま話」は、車載部品の軽量化・小型化に向けた取り組みについてです。
注記
※1:一般社団法人日本自動車タイヤ協会
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