歴史が物語るホルムズ海峡の地政学リスク
2026年04月14日
コラム
2026年2月末に勃発した米国およびイスラエルによるイランへの攻撃に端を発する中東紛争は、世界のサプライチェーンに深刻な打撃を与え続けています。 開戦直後からホルムズ海峡は実質的に封鎖状態となり、石油化学産業の基盤となるナフサなどの供給が危機に晒される、いわゆる「ナフサショック」状態になっています。 直近の情勢としてトランプ氏による2週間の攻撃停止合意が報じられ、停戦で市場心理はいったん緩んだものの、今も綱渡りのような状況が続いています。
この未曾有の混乱の中、SNSなどのインターネット上では「ナフサ不足により医療現場は崩壊する」「20日後には産業全体がパニックに陥る」といった悲観的な個人的観測が急速に流布されています。
しかし、石油化学コンサルタントの柳本氏の分析(参考:Chematels)によれば、「医療分野で使用されるプラスチックや滅菌ガスなどは、石化製品の中でも高付加価値分野であり、最低限の原料が確保できている状況下においてメーカー側が自ら利益率の高い生産を絞ることは想定しづらい」ということです。
また、「石化製品の供給が枯渇する」という主張も、やや言い過ぎであると指摘しています。日本の石化産業はもともと基礎製品において輸出ポジションを持っており、国内の供給が逼迫した際には、輸出分を国内に振り向ける余地が一定程度あるためです。
ではなぜ、市場でこれほどまでに「モノがない」という印象が強まっているのか。その最大の理由は、実態の需給バランス以上に、将来への不安から各業者が過剰に在庫を持とうとするパニック買いが起きていると考えられます。このパニック買いの様相が、結果として欠品や受注制限といった供給制限の動きを助長してしまっているかもしれません。
このように、完全枯渇という最悪の事態は回避されているものの、我々のエネルギー・化学原料の供給網が中東情勢の影響を強く受けるという構造的な真理は揺るぐことはありません。
石油化学コンビナートの心臓部であるクラッカー(分解炉)は、原料供給が滞って低稼働に陥れば採算性や運転維持が厳しくなるというシビアな設備産業の側面を持っています。
日章丸がつないだイランとの外交
今日の不安定な供給構造を紐解く上で、日本とイランの間に結ばれた歴史的関係に着目してみます。
その起点と言えるのが、1953年に起きた「日章丸事件」です。当時、イランは自国の石油を国有化したことでイギリスの猛反発を受け、軍艦の派遣や経済封鎖によって国際的に完全に孤立していました。
この状況下で、出光興産は極秘裏にタンカー「日章丸二世」(二代目日章丸)をイランへ派遣しています。イギリス海軍による拿捕のリスクを冒しながらも直接買い付けに成功したこの決断は、日本の消費者に安価なガソリンを届けただけでなく、戦後日本が再び世界で戦えることを証明する出来事となりました。
日章丸事件は現在でも、日本とイランの関係を語る際にしばしば参照される象徴的出来事であります。 しかし、先人たちが命がけで切り拓いたエネルギー供給網から70年以上が経過した今も、我々はいまだに同じ海峡の動向に神経を尖らせています。
今回の危機でアジアのナフサ相場は中東紛争以前の約2倍にまで急騰しています(執筆当時)。停戦合意による一時的な心理の緩和で息を吹き返すような、綱渡りの調達網の上に現代の製造業は成り立っています。
製品を構成する樹脂部品や塗料、ゴム素材の裏側には、常にこうした地政学リスクが張り付いています。パニック買いによる足元の混乱に踊らされることなく、特定の地域や単一の素材に過度に依存しないよう、代替材の選定や調達網の多角化を構想の初期段階から組み込むリスクヘッジの思想こそが、今後のモノづくりにおける絶対的な要件となっていくでしょう。
■参考


