一之瀬 隼(いちのせ・しゅん) 自動車部品メーカーの現役エンジニアとして、CASE関連の製品開発を担当。2020年春より、製造業関連のライターとして活動。
>>執筆者サイト
「万が一、衝突したら……」――自動運転車の安全性ってどうやって試験しているの?:自動車業界よもやま話
2025年03月05日
コラム
コラム「自動車業界よもやま話」では、自動車業界で働く人の視点から、自動車関連のさまざまな話題を取り上げていきます。
さて国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)は、自動車の安全性を評価する日本独自の自動車アセスメントプログラムである、JNCAP(Japan New Car Assessment Program)を運営しています。自動車アセスメントでは、安全な自動車に加えてチャイルドシートの普及促進を目的としています。
チャイルドシートについては別の機会で取り上げるとして、今回は、自動車の安全性能に関する試験項目について紹介します。
読者の皆さんは、自分が乗るクルマを選ぶときに JNCAP の評価結果など気にしたことはありますか? 自動車関係の仕事をしている人であっても、プライベートでクルマを買うときだと、このような試験結果まで見ることはあまりないのかもしれませんね。ただ、この先、自動運転が広まって、クルマに運転をゆだねるようになると、「具体的に、どうやって安全を担保しているのか」が気になってきそうという人もいるのではないでしょうか。
自動車の安全性能に関する試験項目と自動運転
安全性能は主に、予防安全性能と衝突安全性能に分類され、それぞれAランクからEランクの5段階で表現されています。
予防安全性能は、「事故の発生や被害の程度を抑えるための性能」を指します。具体的な評価項目としては、昼間・夜間における対歩行者・自転車の被害軽減ブレーキの性能や車線逸脱抑制、ペダル踏み間違い時の加速抑制などが挙げられます。
衝突安全性能は、「事故が発生した際に運転手や同乗者、歩行者などの事故相手に生じる被害を低減する性能」を指します。具体的な評価項目としては、全面衝突時の運転手や後部座席の同乗者、歩行者の保護、側面衝突時の被害などが挙げられます。
自動運転が普及するには事故の抑制だけでなく、やむを得ず衝突事故が生じてしまった場合の被害低減が必要不可欠です。自動車メーカーおよび部品供給をするサプライヤーは、JNCAPのような客観的な評価を開発の指標の1つとしています。また、自動車に関わる技術者は安全性能を向上するために、新たな機能の開発や既存機能の性能向上、コスト低減に日々取り組んでいます。
2024年の改訂で追加された試験項目
JNCAPの試験項目は定期的に改訂されており、2024年にもいくつかの項目が改訂されています。
今回の改訂によって、過去の試験と単純比較ができない状態になっていますので、車両を選ぶために比較検討する際には注意が必要です。2025年2月時点で、2024年版の試験項目で試験した結果は2車種しか公開されていません。今後、適用車種が増えていくことで相対評価ができるようになります。
被害軽減ブレーキ[交差点]
大手保険会社などの調査によると、自動車に関する人身事故の50%以上は交差点で発生しています。そこで、交差点における事故を抑制する機能を評価する試験項目が追加されました。
具体的な想定シーンとしては、交差点における対向車との右直事故や交差点における右左折時の横断歩行者との衝突事故を模擬しています。進行方向を変えながら対向車や歩行者を認識し、ブレーキをかける必要があるため高い点数を取ることが難しい試験です。
フルラップ前面衝突(運転席・後席)
フルラップ前面衝突は、正面衝突時の安全性能を確認する試験です。従来から実施されている試験ですが、従来は運転席と助手席にいる人の被害を確認していたのに対して、2024年の改訂では同乗者の乗車位置が助手席から後部座席に変更になりました。この変更により、従来の試験とは点数の単純比較ができなくなっています。
新オフセット前面衝突
オフセット前面衝突も従来からある試験でしたが、2024年の改定により自分のクルマの被害だけでなく衝突相手のクルマへの被害に関する評価も追加されています。単に自分のクルマの保護強化や安全性能を高めるだけでなく、衝突することによって相手のクルマの被害を低減するための開発が必要となります。
歩行者保護(脚部)
歩行者保護(脚部)の項目は以前からありましたが、2024年から試験に使用する脚部モデルについて人体を忠実に再現したものに変更しています。人体に近い質量配分、股関節の追加などが従来の脚部モデルからの主な変更点です。
いいクルマを作り、人の命を守る
私も昨年、クルマを買い替えましたが、JNCAPのような試験結果はあまり気にしていませんでした。ただ、このように客観的な評価を実施している機関があり、その評価を活用して高い性能の車両を開発するために、ひいては多くの人の命を守るため、多くの自動車関連企業の社員たちが努力して取り組んでいることを知っていただけたらうれしいです。
プロフィール